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BLOOM HINT

 
死ぬまでにやるべきこと

フラワーオブライフの種を受け取ったら、死ぬまでに本当にやるべきことはひとつだけです。それは無限の命を育てること。自分の命は今はまだ有限のもの。あと何十年か、もっと短いかも。それが燃え尽きるまでに、生と死の両極を超える。無限の命を種から花まで、この地球で自分が生きている間にこつこつと育てること。

そのために有限の人生すべてが肥やしになるのだから!そのうちに開花まであと何パーセントか測れるようになるかもしれないし、種の育て方ももっと具体的にマニュアル化されるかもしれない。

妄想の世界だろ!と切り捨てるのも自分の自由意志。でも、本当に神が存在している可能性があって、その意図通りにかつて古代に封印された生命テクノロジーが解禁されるのだとしたら、あんまり見くびらないほうがいいのかもしれません。

むしろ解禁されるその技術が「神との無限の共同創造」以外の目的に使われてしまうことに警鐘が鳴らされるのかもしれない。だってそれがアトランティスが滅びた理由なのだから。さあこれからどうなるのでしょう?


ピンときた方はとりあえず種を受け取ってからこの先の人生を考えても何も遅くはないです!なんたって命を咲かすための種なのだから✾

フラワーオブライフの無限の命の共同創造に覚醒する映画を全編無料公開します

【自END Road to Flower of Life

  • YouTube

実はフラワーオブライフの封印が解かれたイスラエル〜エジプト〜パリのご神事旅行に出発するギリギリ当日まで昼夜問わず取り組んでいたことがありました。それは、初めての長編映画を神と共同創造していたこと。

でも、直後のフラワーオブライフの衝撃があまりに凄すぎて、エルサレムから予告編だけアップしたきり、未公開のまま手付かずになっていました。そしてようやく数カ月ぶりに全編を観たら、、完全にブッ飛んだ!!確かにこの映画の制作過程はかなり異常で、まったく未経験のところに以下の原案だけ神から降ろされて、脚本もないまま撮影が始まりセリフはすべて主演者のアドリブだけだったのです。

死ぬことを固く決心した若者に それを知って現れた男が怪しげな提案をする

「君の望みを叶えてあげよう 今日から20日後には誰にも疑われることなく完全な事故死を遂げさせてあげよう」
 

「ただしそれまでの残りの時間の全てを使って ある実験プログラムに参加してもらうことが条件になる」
 

「万が一 実験の途中で死ぬ意志が変わってしまった場合は 契約違反となるためそれ相応の代償を支払ってもらうことになる」

「その代償とは 君の命だ」

ここからストーリー展開もエンディングも誰も知らないまま制作が進み、まるで最初から完全なシナリオがあったかのような1時間超の長編映画が、たった1ヶ月で撮影も終わり

映画の終盤で聞ける撮影中に神が存在を現わしたラップ音や、死を決心した主人公に勝手に突っ込んでくるトラックなど、制作過程で何度も神業のミラクル演出が起きて完成しました。

でも改めて観てブッ飛んだのは、それだけじゃなくこの映画自体の最終的なテーマになっていたのは、まさにフラワーオブライフそのもの。つまり「永遠の命」だったというオチがあったのです。そしてまさか、完成直後に行ったエジプトで、復活後のイエスキリストの無限の命のシンボルとなるフラワーオブライフ の封印が解かれることなど、まったく想像もつかないまま実はそこに至るためだけに、この映画を撮らされていたことに今さらながら驚かされました。

フラワーオブライフの伝授を受けとって、神との無限の命の共同創造に本気で向き合いたい人は、絶対にこの映画を観た方がいいです。

正直なところこの映画を撮る上で、「有限の命と自死」を真正面からテーマにするのは相当キツかったし、どこにオチがあるのか?そこに救いがあるのか?分からないまま突き進みましたが、最大の奇跡はフィクションだったはずの物語が、そこから飛び出して現実世界のエジプトで考古学的な新事実まで発覚して、無限の命のフラワーオブライフの封印が解かれる共同創造が起きたこと。

そもそも、フラワーオブライフが伝える「無限の命を共同創造する」とは何なのか?

人生をどう生きたらそこに行き着くのか? 自分がそこに来たら何に目覚め何を選択することになるのか?

これが、神がそれを伝えるためだけに制作された唯一無二の映画なのは間違いありません。

結果的に、出演者が神との共同創造という特殊な状態になって撮られたこの映画を観るだけで、今まで経験したことのない意識が目覚めて飛びそうになる人も多いし、一度観てみて難解に感じたらじっくりと何度も観るといいです。

この映画で目覚めれるすべては自分自身がどれくらいフラワーオブライフ の「無限の命の共同創造」に目覚めているのか?スイッチが入っているのか?開花しているのか?と完全にシンクロしています。

 
神の観点から自分を観る

神の観点から自分を観る。これが実は簡単そうでかなり難しい。試しにやってみると、、

自分が神に愛されてるのが分かりました!とか、神に観られてるとなんか緊張します!はたまた、うーん自分は何も見えませんでした!などになるでしょう。

でもそれは全部、神の観点ではなく 神に観られている自分の観点です!

そう自分、自分、自分 笑


だからトリニティで最初に学ぶのは神の観点から神を観ること。

それは神が、神自身を無条件に愛し、神自身から無条件に愛され、神自身と無条件に愛し合う、三位一体の神の観点から無条件の愛を観ること。

そうやって神の観点から神が観れるようになったら、そこから自分を観る、自分以外の人も観てみる。そしたら、、さぁ何が見えるでしょう?

 
2027年まで続くジャッジのエネルギー

人は誰のこともジャッジできない。神は人間に自由意志を与えた。

そして人間はとても長い歴史を過ごして、自由意志の使い方を学んできた。

善と悪のどちらを選ぶのか?過去と未来のどちらに生きるのか?自分と他者のどちらを愛するのか?

それらの選択を通じて人間はやがて目覚めに達することになります。

それは、善も悪も、過去も未来も、自分も他者も、どれもが相反する対極があるからこそ成立する条件付けのアトラクションでしかないこと。だからその片方を選択することは結果的にはその両極が存在する世界を選択していること。

例えるならば平和を選択するには、争いという対極が必要であること。

その仕組みに目覚めた人類は、ついにその先にさらに究極の選択があることに目覚めてゆくことになるでしょう。それが両極の条件付けの選択を超えた「無条件=無限」を選択するということです。そしてそれを選択するためには、人間が完全に神から自立して対等に共同創造ができるようになる必要があります。

なぜなら無条件の選択そのものが、自分と他者も、親と子も、男と女も、そして神と人をも超えた「完全な無条件の自由意志」によってしか選択できないから。

だからその選択には創造主である神すらも干渉も強制もできない最後の自由が与えられ、それが自分の選択を自分自身だけが裁くことができる「最後の審判」になるのです。

だから、人は誰も裁けないし誰からも裁かれない。分かりますか?

冥王星の周期から2018年から2027年まではジャッジのエネルギーが強くなる10年間です。

その時代の流れは世間の風潮を見たら誰でも分かるはず。しかしその期間が設定されている本当の目的は、長い歴史で学んだ人間の自由意志の使い方の最終テストのためなのです。

原因と結果、罪と罰、それを互いに裁き合うのは、両極を条件付けるアトラクションだと今こそ目覚めるとき。なぜなら2019年の今は、無限の共同創造を選択するための最終期限であり、すでに最後の審判が始まっている時代を私たちは生きているのですから。

それがわかった人にとっては、昨年末に無限の命のフラワーオブライフの封印が解かれて伝えられたことの意味がもっと確かなものになるはずです。

 
他人は何のために存在するのか

もしも人間の本質が神なのだとしたら、、他者によって何かをしてもらうことも、他者のために何かをしてあげることも、人間の本質ではないことになる!?

なぜなら、神は自分自身の力だけで自分に全てを与えれるし、自分から全てを受け取れるから。

 

そうは言ってもなかなか受け入れ難いかもしれませんが、これは人間同士のいわゆる弱者救済や相互扶助は必要がない、と言いたいのではなく

相手を弱者と決めつけて手を差し伸べたつもりが、反対に自分の方が多くを与えられ救われていることや、本当に一人きりになった時にそれまで絶対自分には無理と決めつけていたことが一番自分が得意なことだったりするのは、実はよくあるこのなのです。

そういう人間の無限へと繋がる本質にこそ、神と類似のポテンシャルがあるとしたら。では自分以外の他人は何のために存在するのか?その答えを知るためにも、やはり人間の本質が神なのなら、その神が一体なぜ人間を創ったのか?を知ればいいはずです。

では、実験してみましょう。

ここであなたが人間を創った神の観点に3秒間だけ立ってみましょう。

チッ、チッ、チッ はい、ピンポーン!

正解です。100点満点です!もう答えは出ましたね!?

いま いま いま、あなたがしたとこ、しようとしたこと。

それこそが、全知全能な神であったとしても一人きりではできないことです。

それは、自分の観点を超えて相手の観点を観ること。観ようとすること。そしてお互いに観合うこと。

そのためだけに、神も人間も他者を必要としている。それが愛であり愛のすべてです。

観る=愛し、観られ=愛され、観合う=愛し合うこと。

でも私達はそれができているようで、ついつい自分は、相手との関係性でこんなことを「した された あげた もらった」という自分自身や関係性のことに忙しすぎる笑

その先にある相手の本当の観点を観ることは、実はほとんどできていないか、できても非常に条件付けられているのがこの現実世界。でもそのことをダメだと思う必要などありません。それは、この世で起きる究極の奇跡なのですから!

もしお互いが本当に無条件に相手の観点から観合うことができたら

そこには光vs闇はない 始まりvs終わりもない 自分vs他者もない

ただ三位一体の無限の光、命、愛だけが外在化する。

それが神と人間だけが共同創造できるものです!

 
フラワーオブライフと日本人

なぜ封印が解かれたイエスキリストの名が刻まれたフラワーオブライフのエネルギーが、まず最初に私たち日本人に手渡されたのか?これは少し考えてみると違和感のある話です。

 

その違和感は、日本人がキリストやピラミッドについて、独自の観点から語るのを聞く時に感じる違和感と似ています。そこには日本人が日本人のためだけに伝えて、日本人同士だけが共感できればいい、内輪で盛り上がれればいいというような閉鎖性と独善性を感じることがよくあります。

では、このフラワーオブライフのエネルギーもそういった独りよがりの産物なのでしょうか?

 

そもそもエジプトに行ってこの封印が解かれる直前まで、フラワーオブライフには無関心でした。しかしクリスマスイブの日に、望むこともなくそれは勝手に起きました。イエスキリストの名を刻むフラワーオブライフはそこに行った私たちによってではなく、現地のエジプト人によって伝えられその封印を解くように導かれ助けられました。

その時点で、もう日本人の独りよがりな話では片付かないことが中東の地で現実として起きていました。そしてそこに至ったもう一つの流れ、それは八ヶ岳で縄文遺跡にある尖石へとイエスキリストに導かれた昨年の7月6日から始まり

10月中にはエルサレムと同じ地名と伝説を持つ守屋山に登るように命じられ、そこで天と地を繋いだエネルギーを携えイスラエルに渡って、それをかつてエルサレム=モリヤの神殿の南門だったフルダゲートと繋いでからエジプトに向かう流れがあったのです。

その上で、その一つ一つにどのような意味があってそれが最終的にフラワーオブライフの完成へと繋がっていったのか?について現場の実行部隊である我々はまだ多くを知りません。

しかし、それらが明かされた時に冒頭の、なぜ日本人である私たちにフラワーオブライフのエネルギーが?の答えが分かるはずです。

 御所にある 

フラワーオブライフにも

ちゃんと雄しべと雌しべがあって

無条件の愛が花粉を運んで

無限の命が受粉するんだ

どうせこの世で

愛を創るなら
有限ではなく

無限の愛がいい

©2019 Flower of Life . IX

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